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海外図書館事情
別冊宝島EX 図書館をしゃぶりつくせ!(宝島社/発行、1993年10月16日)pp.208-215掲載
江下雅之
パリの本屋の数は、東京と比べかなり少ないという印象がある。どこを歩いても本屋が見つかるというわけにはいかない。確かに映画シナリオや美術書の専門書店、セーヌ河岸の古本屋(bouquiniste:ブキニスト)など、パリらしい個性的な「本の所在地」は健在である。しかし、幅広い書籍を扱う書店が大本屋に限定されてしまうところなど、私のようなガイジンには不便である。
その一方で、パリ市内には市立図書館が49ある。市内は20の行政区に分かれており、ほぼ一区に2〜3の図書館が配されている。どの家からも、歩いて15分以内のところに少なくとも一つの市立図書館があるという密度である。資料を探すことを考えると、数の少ない本屋を当たるよりも、図書館で探した方が便利なことも多い。実際、パリでは比較的新しい本は大書店または直接出版元で探し、ある程度年が経た本や専門書などは、まず図書館で探すという人も多いそうだ。
市立図書館で本を借りるためには、利用者登録を行わなければならない。これはパリに居住していることを証明するだけでよい。その場で登録カードを作成してもらえる。外国人であっても構わない。
登録に必要な書類は、身分証明書と居住を証明する書類の2点である。従って、我々が利用する場合はパスポートと最近4ヶ月以内の電気・ガス、あるいは電話の請求書を提示すればよい。未成年者の場合は親の誓約書も必要である。
私が時折利用するところは最寄りの市立図書館であるグラシエール図書館(Bibliotheque Glaciere)と居住区の多目的図書館(Mediatheque:メディアテック)である。これらの所在地や利用時間などは、区の広報誌で知った。
グラシエール図書館の雰囲気は、日本に昔からある市立図書館に似ている。何となくかび臭い空気、時代がかった書籍類、元文学青年・少女風の司書さんたち。レファランスも閲覧カード方式で、カードの頭が何となく脂っこい。一応タイトル、著者名、分類ごとに整理されているが、データベース検索に馴れている者にはまだるっこしい。フランスでは大学図書館を中心に、図書館の近代化には比較的積極的であったから、このような場末の図書館はむしろ例外的であろう。
書架は分野別・著者名別に整理されている。分類は日本と同様、国の分類基準に従っている。ただ、整理されているとはいえ、欧米の書籍の大きさが極めて不統一であるため、頭が極端にデコボコしてしまう。この状況が、グラシエール図書館を一層雑然とした雰囲気に仕立てている。
この図書館の規模は小さく、蔵書数は28,000冊、収録雑誌数は60タイトルにすぎない。特別な閲覧室や自習コーナーもない。書架の間に僅か3、4のテーブルが置いてあるだけである。座席数は20程度であるが、利用者も少ないためにいつも空席だらけである。決して人気があるとは言えない施設である。ところがこのような閑散とした状況は、レポートや原稿を書くときなどはかえって重宝する。あまり周囲を気にする必要もないし、辞書類は主要なものが完備されている。コピー機がすいているのも有り難い。誠に身勝手ながら、このままはやらないでいてほしいくらいである。
日本の古い市立図書館的雰囲気も嫌いではない。小学生の頃にタイムスリップしたような気分になり、思わず「牛若丸と弁慶」などを探してしまいそうだ。「この夏お勧めコーナー」には、吉川英二「新平家物語」のフランス語版が置いてあった。
開館時間は火、水曜日が10:00〜19:00、木曜日が13:00〜19:00、金曜日が13:00〜20:00、そして土曜日が10:00〜18:00である。日、月曜日が休館日で、夏のバカンス期間中でも変わりはない。閉館時間がまちまちなところなどはいかにもフランス的であるが、他の公共図書館も概ね週3日は午前10時開館で午後7時閉館、週2日が午後から開館、そして日・月曜日を休館日としている。
フランスでも人気の高い漫画(Bindes-dessignes)は、一般書とは別の書架にまとめられている。この国の漫画本は大抵A4サイズのハードカバーであり、外見は絵本と区別がつかない。従って、漫画コーナーは一見すると児童用書架に見えてしまう。お色気漫画の表紙がちらほらと見かけられるため、初めて訪れた時は「さすがフランス!」という変な誤解をしてしまった。
本の貸出には利用者カードを用いる。これは日本にも昔からある仕組みと同じである。ただし、本には全て盗難防止用の静電処理がなされているため、貸出の際は機械でそれを解除する。貸出は無料で、期間は3週間まで。一人一度に本5冊、雑誌2冊、漫画3冊まで借りることができる。
館内にはコピー機が一台あり、セルフサービスで利用できる。料金は1枚1フラン(約18円)である。この単価は郵便局などに置いてあるコピー機と同じで、フランスの一般的相場である。新着雑誌の特集記事をコピーする分には許せるコストである。
出入り口には一年以上経った古雑誌が山積みされている。これは誰でも持って帰って良い。経済系の雑誌はフランス語の練習に最適なので、我々には有り難いプレゼントである。つべこべ言いながらもここを利用する理由の一つがこれである。
なお、グラシエール図書館には並びにレコード専門館(ディスコテック:Discotheque)が付属している。ここを利用するためには別途登録が必要である。登録には図書館の登録に必要な書類の他に写真が一枚、さらにレコード・プレーヤーの針を提示してその状態をチェックして貰う必要があるという。貸出は無料で、一人5枚まで2週間借りることができるが、年会費95フラン(約1,700円)支払わねばならない。ただし、一ケ所で登録料を支払えば、他の市立ディスコテックも利用できる。
私の居住区にはメディアテックが一箇所(ジャン・ピエール・メルヴィル館:Mediatheque Jean-Pierre Melville)ある。ヨーロッパ最大の中華街に位置するため、東洋人の利用者が多い。4階建ての真新しいビル全体を占め、グラシエール図書館よりも遥かに大規模である。ここは東京の青山あたりにありそうな明るい感じのするビルである。
「メディアテック」とは要するに図書館とディスコテックを一体化させた施設であり、本・雑誌以外にオーディオ・ビジュアルを利用できる。蔵書、ビデオ等の正確な数字は発表されていないが、グラシエールの4倍程度は揃っていると思われる。レファランスは全てデータベース化され、各階に検索用の端末が3台ずつ設置されている。
利用登録方法はグラシエールの図書館及びディスコテックと同じである。書籍類だけの貸し出しであれば無料、オーディオ・ビジュアルの貸し出しには年会費を支払わねばならない。会費は3段階設定され、カセットのみの貸出が110フラン(約2,000円)、カセット及びCDの場合は200フラン(約3,700円)、ビデオまで借りようと思えば400フラン(約7,400円)である。CDが利用できるのだから、これは案外とお得かもしれない。
カードの発行及び貸し出し手続きは全てコンピュータ化されている。これはフランス国内の大学図書館と同じで、システムは日本のレンタルビデオに似ている。
まず利用申込の際に必要書類を提示する。受付係は端末で名前、住所等の必要事項を入力し、ブランク・カードのバーコードをリーダに読ませる。こうして、利用カードが発行される。有効期間は一年で、継続して利用する場合は更新をしなければならない。これはビデオなどの利用も同じカードで管理されるためであろう。
書籍などを借りる際はこのカードを一緒に差し出す。貸出係は本とカードのバーコードをリーダで読み取り、画面で一応記載事項をチェックする。この間、僅か10秒ほどで貸出手続きは完了する。
貸出は一度に本4冊、漫画4冊、雑誌2冊、新刊本1冊、CDまたはカセット4枚(本)、ビデオ1本まで。全てを同時に借りることも可能である。貸出期間は新刊本及びビデオが1週間、それ以外は3週間である。返却が遅れた場合は違約金を支払わねばならない。また、未成年者は新刊本及びビデオを借りることができない。
レファランスは前述したように端末で行う。検索はタイトル名、著者名、分野、そしてISDBコードから行える。タイトルからの検索は、フリーワードだけでなくキーワードを使った論理検索も可能である。例えば、「Capitalisme contre Capitalisme(邦題:資本主義対資本主義)」を検索する場合、単に「Capitalisme」と入力して実行させ、候補として表示されるリストから選ぶ。その一方で、「economie」や「Europe」等のキーワードで絞り込むことも可能である。
これらの操作はメニュー画面に従って行い、初めて利用する人でも簡単に検索出来る。ただし、内容は全てフランス語である。
閲覧コーナーは各階の窓際に配置されている。外側は全てガラス張りであるため、晴れている日は外からの光線が入って非常に明るい雰囲気となる。図書館臭さの類は全く感じられない。地階は雑誌や新聞を閲覧する人が多いため、そこだけ見ると東京の喫茶店のようである。あまりに整然とし過ぎているため、パリのカフェという雰囲気はない。
ここは専門書の数が豊富で、特に中国語関係の書籍は専門のコーナーまで設置されている。そのため、東洋学の研究者の利用も目立つ。近くにはパリ第1大学の研究所もあるため、そこの教授や学生にも常連が多いという。
コピー機は全てセルフサービスであり、料金は1枚1フランである。開館時間は火、水、金、土の各曜日が午前10時半から午後7時まで、木曜が午後1時から7時まで、そして日・月曜日が休館である。
さて、パリには意外なところに誰でも利用できる大図書館がある。ポンピドーセンターのB.P.I.(Bibliotheque Publique d'Information)である。
多少なりともパリをご存じの方であれば、ポンピドーセンターの名前を聞いた時、ピカソの絵やミロのオブジェを思い浮かべるであろう。確かにここは現代芸術の殿堂として有名であるが、正確に言えば、それらの美術品が展示されているのは、ポンピドーセンターの一施設である「Musee Nationale des Arts Modernes:国立現代美術館」の中である。
B.P.I.はこの巨大なセンターの3階分を占める。2階(日本式に言えば3階)に入り口があり、1〜3階(同2〜4階)がB.P.I.のスペースとして確保されている。パリ市民にはよく知られており、「ポンピドーのメディアテック」と言えばだいたい通じる。
各フロアーの眺めは壮観である。何しろ面妖な外観と内装のポンピドーセンター。図書館とはいえ、中はまるで巨大な倉庫のようなむき出しの天井。そして閲覧用の著しい数の机がびっしりと並べられている。無論、書架の数も各区に設置されている市立図書館の比ではない。エスカレータから見下ろすと、何やら体育館を開放して行われる古本市のような光景である。
資料が豊富なため、利用者は引きを切らない。収容人数は相当あるはずなのに、いつも椅子は9割方埋まっている。利用年齢層は中学生くらいから老人まで、ほぼあらゆる範囲に及んでいる。語学学習用教材が完備しているため、外国人の利用も多い。パリ市内の語学学校でも、ここの利用を勧めているところが多い。
B.P.I.には他の図書館にはない多くの特徴がある。
まず、ここでは貸出を行っていない。そのため、利用者カードのようなものも一切発行されない。そのために、観光客でもフラっと気分転換かつ休息所代わりとして気軽に利用できる。ただし、館内で写真撮影は出来ない。
貸出は行っていなくても、各資料を保管している公共図書館を検索できる。資料の貸出を希望するものは、従ってまず所在図書館を調べ、そこへ赴くことになる。反対に、B.P.I.にない資料についても、その所在を調べる方法が提供されている。従って、ここはあらゆる書籍情報を探すキーステーションとしても機能している。
書籍類のカタログは全てコンピュータ化されており、館内に設置されている60台の端末を使って検索する。検索方法は前述したメディアテックの例と同じだが、説明内容を英語で表示させる選択オプションがある。
外部からのオンライン検索も可能である。フランスで普及しているビデオテックスMinitel(ミニテル)で検索できるほか、研究者の電子メール網Internetからも利用できる。反対に、B.P.I.の端末からDIALOGなどの商用データベースを利用できる。利用料金は文献データベースであれば、一質問、結果10アイテム当たり100フラン(約1,800円)、テキスト・データベースであれば、一質問、結果1,000語当たり同じく100フランである。
利用できるサービス内容はまだまだある。説明パンフレットは全部で20枚以上にも及ぶため、とてもこの紙面で提示しきれるものではない。サービスの利用方法も内容の豊富さに比例して複雑であるため、定期的に利用講習会が行われている。
設備の内容を簡単に言えば、書籍40万部、内外の雑誌2,391タイトル、ドキュメンタリービデオ2,470巻、ビデオディスク14万画像分、アナログレコード及びCDが1万枚、121の言語または地方語の学習資料が利用に供されている。パソコン・コーナーも設置され、IBM PCコンパチ用及びApple Macintosh用ソフトを何種類か試用できる。
これだけ多くの選択肢があるため、利用者は単に本を読む人、暇潰しにCDを聞きに来る人、専門書を探す研究者、レポートのための参考資料をコピーする学生、語学学校の宿題に追われる外国人学生、パソコン・ソフトのインストラクションを受ける社会人風の人など、実にさまざまである。
コピーはセルフサービスであるが、コピーカードを買えば他の図書館の半額以下で利用できる。カード料金は14枚有効カードが発行手数料込みで10フラン(約180円)であるが、一度だけ補充することがでる。補充価格は一枚あたり0.5フラン(約9円)であるが、50フラン(約900円)払えば105枚、100フラン(約1,800円)払えば220枚追加できる。大量にコピーを利用するのであれば、日本のコンビニのコピー機より安く利用できる。
私は個人的にB.P.I.はそれほど好きではない。便利さは認めるが、余りにも茫漠とした雰囲気があり、腰を落ち着けて何かをする気になれない。とはいえここのコピー料金は非常に魅力的で、ある資料をまとめてコピーしたいときは欠かせない施設である。また、たいていの資料もここでなら見つけることができる。
なお、B.P.I.は夜の10時まで利用できる。開館は平日が昼0時からなのに対し、土・日、祭日は午前10時からである。閉館日は毎週火曜及びメイデーのみであり、すこぶる利用しやすい開館時間となっている。
以上、ざっとパリの図書館を3例紹介した。規模や内容の点で、両極端とその中間を示す結果となった。情報センターとしての機能には明らかな差があるものの、利用目的によってそれぞれの利用ができるはずである。また、本屋の身近さが東京に比べてもう一つであるため、ある程度資料を読む必要のある職業を持つ者や学生にとっては、図書館を身近にせざるをえない部分もあろう。
確かに生活に不慣れな外国人にとって、欲しい本を探すというのは案外と困難な作業である。その点、B.P.I.やメディアテック、さらに大学図書館を併せれば、かなり不自由なく本に接することができる。さらにパリには2軒の日本書店という、図書館的機能をも果している慈悲深い書店もある。本で苦労することはかなり軽減できる環境は間違いなく整っている都市といえよう。