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ネットワークの《物語》を読む(7)
「月刊ネットピア」(学習研究社/発行)1995年9月号掲載
江下雅之
フランスのシラク新大統領が、核実験再開を発表した。このニュースはすでにほとんどの方がご存じだと思う。日本だけでなく、実験場(ムルロア環礁)近くのオーストラリアやニュージーランドは、フランス政府に対して公式に抗議した。おなじく核実験を再開しようとしている中国をのぞき、世界中がフランスを非難している状態だ。
この件に関するネットワーク通信での反応はすばやかった。インターネットでは、フランス政府に対する抗議の「署名」運動が広がった。グリーンピースなどの環境保護団体などが中心に、電子メールで抗議運動の呼びかけがおこなわれた。また、ニフティの各フォーラムでは、不買運動などの議論も広がっていた。
たしかに現在は核不拡散条約の更新をしよう、という時期だ。そもそもポスト冷戦で核保有国の核戦略そのものが見直され、時代の流れとしては、核実験を強く否定する方向に向かいつつあると考えるのが自然だろう。
シラク大統領はフランス政界にあって、ド・ゴール主義の継承者である。そのド・ゴール元大統領はフランスの国家的独自性確立の戦略として、独自の核武装を進めた。ならば、世界的な核軍縮の流れにあって、シラク大統領があえて異なる方向に進むことは、それなりに説明のつく話ではある。
しかし、なぜいま核実験再開なのか? シラク政権はさまざまな非難にもかかわらず、本誌執筆時点では、依然、実験再開の方針を崩していない。最終的に再開を断念する可能性はゼロではないにしても、こうまで核実験に固執するのはなぜなのか?
このような疑問に対するヒントを見つけるために、ニフティサーブの「ディフェンス・レビュー・フォーラム」(FDR)を訪れてみた。
FDR の戦略論会議室というところで、そのものずばり、「フランスの核武装強化の戦略的意義は?」という質問が寄せられていた。そのなかで、「フランスの核はどこを標的にしているのか?」という疑問が提示されていた。
これにははっとさせられた。
今回の核実験をめぐる論議では、核兵器の保有そのものが問題となっていたように思われる。しかし、こういう大量殺戮兵器であれば、当然ながら「仮想敵国」の存在があってしかるべきだろう。そして我々は、核をめぐる対立といえば、ついついアメリカ対ソ連という枠組みで考えがちだ。
日本はしばしば「アメリカの核の傘」の下にあるといわれている。これなどはまさには旧ソ連を潜在的な驚異と想定したものであり、「アメリカの核はソ連を標的にしている」という現状認識を裏付けるものだ
では、NATO(北大西洋条約機構)からも離脱したフランスの核は、はたしてどこに向けられているのか? あえてアメリカの核戦略から一線を画したからには、変な言い方だが、独自の標的を持ったということになるのではないか。
この会議室では、核兵器保有国となること自体が、他の核保有国から潜在的な仮想敵国と見なされることだ、という指摘があった。たしかに独自の核戦略を取るという選択は、自国自身が政治上の同盟国からさえも、潜在的な仮想敵国とみなされるリスクを負うことでもあるのだろう。
こういう指摘もあった。
フランス本土が核ないし通常兵力で攻撃される可能性は少ない。しかし、仏領となると話はまったく異なる。フランスは南太平洋に領土を持ち、領有権の維持や先住民対策で武力の誇示が必要となる、と。この論旨のなかでは、かつてイギリスとアルゼンチンとのあいだで生じた、フォークランド紛争の例が引き合いに出されていた。
「島」の面積自体は、領土としてそれほど寄与しないかもしれない。しかし、領海や領空など、経済的な権益を主張できる空間は決して小さくはないのだ。自国からはるか離れた地域に領土を持たない日本には、武力の誇示でこうした利益を守るという発想は、そもそもなじめないものなのかもしれない。
FDR 戦略論会議室でも今回の核実験を、フランスの国威のプレゼンスという文脈に位置づけていた。その意味で、ド・ゴール主義をかざしたシラク大統領の発想は、力の政治を中心にしたかつての世界情勢の残滓とさえいえるだろう。
ところで、固執ともいえるフランスの姿勢には、核開発に対する一種の「あせり」がうかがえるわけだが、そのあせりをもたらす一因である、核先進国・アメリカの核政策はどうなのか?
戦略会議室ではアメリカ国防総省のプレスリリースを引用し、アメリカ自身がすでに核抑止力政策について説得力を失いつつあると問題提起している。いまはフランスの核に対して「なぜ?」という疑問が抱かれているわけだが、いずれはアメリカにもおなじ問いかけがなされるのだろう。