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ネットワークの《物語》を読む(9)
「月刊ネットピア」(学習研究社/発行)1995年11月号掲載
江下雅之

小説の小道具講座

 誰でもなんらかの専門家だ。そういうなにがしかの専門家があれこれ話題を出しあうことが、ネットワークの楽しさのひとつといっていいだろう。なにしろ距離に無関係な集まりであるから、それこそ種々雑多なプロや多彩な役者に出会うことができる。
 今回ご紹介する会議室は、「その道のプロ」を招いて定期的に講演会をおこなっているところだ。
 ニフティサーブの《文章工房フォーラム》は、もともと小説家の水城雄さんが主宰する「小説工房」で有名になったところだ。母体は《本と雑誌フォーラム》であるが、アマチュアを対象にした文章道場が、昨年、ひとつのフォーラムとして独立した。ここに所属する電子会議室のひとつ、「最低(限)の小説道具講座」が、さまざまな講演のおこなわれているところだ。
 小説のストーリー自体は創作でも、そこに用いるさまざまな小道具には、きちんとした裏付けのある知識が必要だ。もちろんレポートを書くわけではないから、学術的に詳細な事項までは要求されない。それでも、臨場感をしっかり生み出すための基礎がなければ、話をぶちこわしにしかねない。
 ここ数年人気のあるシミュレーション戦記では、とくに厳しいようだ。いわゆる「軍事オタク」といわれるマニアが、このジャンルに属するさまざまな小説の「不備」を指摘する。ニフティでもディフェンス・レビュー・フォーラム(FDR)や、SFフォーラム(FSF)などで、こうした「不備」が話題の肴にされることがおおい。

不良、航空機、ナイフ、宇宙開発……

「最低(限)の小説の小道具講座」の守備範囲はきわめて広い。つい最近おこなわれた内容をひろっても、「不良」「航空機」「ナイフ」「宇宙開発」といった具合だ。
「不良」講座では、まず講師から、時代による不良の変遷が紹介された。昭和20年代の「愚連隊」、30年代の「太陽族」「みゆき族」、40年代の「カミナリ族」や「エレキ族」、50年代の「暴走族」「ヤンキー」、そして現代の「チーマー」「バイカー」等々、といった具合だ(実際はもっとおおくの例が出されていた)。
 この間にも、参加者からいろいろな質問が寄せられる。
「不良と非行少年の違いはなにか?」
「風俗的な部分と、普遍的な部分とに分けられるか?」
「不良とエネルギーの関係は?」
 こうした質問が、講演の内容をより広く、そして深めていった。
 もともと講演者が「不良」のディテールにこだわるようになったのは、いくつかの小説で見かけた表現の不備がきっかけだそうだ。たとえば「長髪をなびかせた暴走族が……」という表現を見て、即座におかしいと感じた。「髪の長い暴走族がいるものか」というわけだ。
 このようなこだわりのある講演者であるから、服装、ケンカの形態、暴走族のしきたりなどが、こまかにレポートされている。昭和20年代はハンフリー・ボダード演じるギャングのような『ボールド・ルック』がはやっていた。30年代になると革ジャンにリーゼントの突っ張り、それから間もなく慎太郎カットの太陽族。40年代は長髪が台頭し、アフロまで登場する。そして昭和46年にキャロルが登場し、ポマードべったりのリーゼントヘアーと黒い革ジャン、ブーツという突っ張りが復活、というわけだ。
 風俗的な面だけでなく、関連する法律の解説もある。なにをすれば捕まるのか、捕まったあと、どういう処置を受けるのか、鑑別所は全国に何カ所あるのか、といったことだ。別の参加者からも、武闘派不良の対決シーン、不良とスポーツの関係、さまざまな不良語に関する追加情報が提出されていた。

第一級の資料

 このような進め方で、約二週間に1テーマの割合で講座が開かれる。実際の「本職」の参加も少なくない。たとえば航空機の講座では、実際に海上保安庁で航空機の整備業務に従事している者から、さまざまなアドバイスがあった。燃料の話題になれば、化学の専門家からの指摘があった。リード役はもちろん航空機に関してかなりの知識の持ち主であるが、他のプロから、より詳細な補強がなされるわけだ。
 もともとネットワークの議論の特徴は、話が収斂していくよりも、多面的にどんどん発展的な拡散をしていく点にあるという。なんらかの結論を得る必要のある議論には不向きだが、ふくらみを持たせるブレーン・ストーミングには最適という指摘もある。この「最低(限)の小説の小道具講座」は、拡散のよさをもっともうまく利用した内容といっていいだろう。話がどこに向かっても、かならずそれに答えられるひとがいる。こうして出来上がる一連の講座は、第一級の資料に仕上がっているといっていい。
 この原稿執筆時点では、宇宙開発講座がはじまったばかりだ。これは約三週間の予定で開催されるが、その先の講演スケジュールもびっしりと埋まっている。「ジャズ」「江戸時代の風俗」「下着」「天文」「裁判」をはじめ、20以上のテーマが予定されている。江戸時代の風俗については、これはプロの時代小説家が担当する。なんとも贅沢な講演会を、黙って読むもしよし、知りたいこと、長らく疑問に思っていたことを、この機会に質問するもよし、さらには自分から講演するもよし。
 過去の講演録についても、すべてきちんろデータライブラリに保存されている。


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