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京古本や往来(京都古書研究会/発行)vol.82(1998年10月15日)p.4掲載
江下雅之

 年に五百冊ぐらいだったマンガ古本の購入量が、今年は半年で千冊を越えてしまった。安い本ばかり買っているので、量が増えたところで生活を圧迫するところまではいかないけれど、読む時間が取れなくなってしまった。安く大量に読むために始めたマンガ古本漁りなのに、読めなくなるほど買いまくるというのは矛盾した行動だが、「いま買っておかないと」という焦りが買い出しを加速させてしまうのである。
 ここ二、三年ほどはマンガ古本ブームだそうだ。そのおかげで、ぼくも『マンガ古本雑学ノート』(ダイヤモンド刊)という本を出すことができたのだが、いざ買う立場になってみると、このブーム、いいのか悪いのは判断しかねてしまう。
 自分が昔安く買った本が急騰するのを目にするのは、じつはけっこう気色悪い。たかがマンガ(されどマンガ、だが)、資産価値のある財産だとは思えない。手持ちコレクションの「時価」を計算したときのササヤカな喜びを否定するつもりはないが、やたら値が上がることは、持っている方にも迷惑になることがある。
 貧乏くさいことを書くようだが、値があがってしまったら、手持ちの本がボロボロになって買い替えなくてはいけないときの出費が増えてしまう。そう思うと、一冊何千円、何万円にもなった「マンガ様」のページをめくるのにも緊張してしまう。
 しかし、値が付くことによって、ゴミ箱ではなく市場にあらわれるマンガ古本が登場するのも事実。とくに昭和四〇年代に刊行された新書判少女コミックなど、まだ値がつかないものが多いため、安くは買えても見つけだすのに苦労する。
 このブームのさなか、マンガ古本の値は突然跳ね上がってしまう。たとえばここ一年の永井豪関係のマンガの急騰ぶりは、見ていて気持ち悪いくらいである。大量に買い込んでいるからには、できれば安いうちに買っておきたい。また、古本市場で評価されないうちに消えてしまいかねないマンガは、とにかく目に付いたうちに買わないといけない。どうしても焦りが二重になってしまう。その結果が半年で千冊である。
 マンガの世界はあいかわらず新陳代謝が激しい。二〇年前、三〇年前に圧倒的な人気のあったマンガの多くが、古本市場でも入手困難になっている。しかしそういうマンガは、いまだに各世代の共通言語なのである。いまやほとんどの世代がマンガの洗礼を受けている。初対面の人と話すときでも、マンガを話題に出せばけっこう間がもつものだ。
 幸いにして一部のマンガは復刻もされ、文庫判として再登場している。しかし残念ながら、それはあくまでも一部のマンガに限られている。懐かしのマンガとの遭遇は、どうしても古本屋頼みになってしまう。
 マンガを雑誌連載時だけに読み捨てておくのは、いかにももったいない。子ども時代に読んだマンガを大人になって読み返すと、意外なメッセージを読み取れたりもする。懐かしのマンガの話題で盛り上がるくらいなのだから、古いマンガを読み返したいという気持ちを持つ人は少なくないはずである。要はキッカケがなかったり、どこで買えるのかがわからないだけなのではないか、と思う。
 世の中には、もっともっと読み継がれていいマンガが多いはずである。手塚治虫や藤子不二雄の作品だけに価値があるわけではない。多くの作品が次の時代に残されるためには、マンガ古本市場がその媒介役を果たす必要がある。そしてゴミ捨て場ではなく市場に生き残るために、古いマンガを読み返そうとする人が増えてほしいと思う。マンガ古本ブームを泡沫に終わらせないためには、目録相場にではなく、作品自体に興味のある人がマンガ古本に手を出すようになってほしいと思う。
 いささか青臭いことを書いてしまったが、『マンガ古本雑学ノート』は、マンガ好きが懐かしのマンガに手を出すときの入門書になれば、と思って書いた本である。古参コレクターから見たら、稚拙なことが多々書かれていることだろう。手の内を明かしたら自分が買いづらくなるのでは、と思う人もいるだろう。
 そうした批判はごもっとも。自分の「薄さ」を弁解するつもりはないし、こういう本を出すことの「リスク」もある程度は理解しているつもりである。それを差し引いても、マンガ古本に手を出す人がもっと増えてくれた方が、この世界、もっとダイナミックに、そして楽しくなると思うのだ。
(おわり)


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