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連載コラム 多面鏡:1999年8月(2)[1999年8月22日執筆]
「France News Digest」(France News Digest/発行)
江下雅之

恐怖の大王と文化都市

 一九九九年七の月に空から恐怖の大王が降りてくる、とはノストラダムスの大予言の有名な一節だが、もしかしたらこの「恐怖の大王」ではないかと一部の人たちに指摘されていたのが、燃料にプルトニウムを満載した惑星探査機カッシーニだ。このカッシーニという名称、パリ天文台の初代台長の名前に由来する。カッシーニは生粋のフランス人ではなく、王立天文台を設立したルイ一四世が招聘したジェノバ共和国(当時)の人である。二十五歳でボローニャ大学教授となったこの天才は、フランス移住後も土星の研究で活躍し、フランスを代表する天文学者となった。
 自国の文化に大きな誇りを持つフランス人、とりわけパリっ子の気質は、現在も過去も変わっていない。しかしその誇りが排他的な行動としてではなく、異文化圏の才能を貪欲に取り込んできた点に注目したい。カッシーニの例はその一端を示しているし、実際、パリで歴史的業績を残したイタリア人の俊才は他にもいる。イタリア人だけでなく、ピカソにしてもヘミングウェイにしても、パリは多数の才能ある外国人の芸術家や学者の活動拠点となった。日本人でも絵画やファッションの世界は言うに及ばず、学問の世界でも数学者の岡潔が多変数関数に関する画期的な論文をパリで発表した。
 パリとは、あらゆる文化圏の人が才能を発揮する街なのであり、パリが世界を代表する文化都市の地位にある理由は、パリという街に異邦人や異文化を招き寄せ、受け入れる懐の深さがある点にこそあると考えるべきだろう。その点、東京もまた、多くの多くの日本人が東京発の文化を世界に発信しているし、世界中の文化人がその市場価値に注目している。東京に住む外国人の数も多くなった。しかし、異文化圏の人々が東京を生涯の活動拠点としようとしているのか、東京にそうした人を受け入れるだけの度量があるのか、まだ疑問符を付けざるをえない。東京がパリに比較しうるだけの文化都市となる道は、まだ半ばなのだ。


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