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未来予測「10年後」 ネットワーク社会
PHPほんとうの時代(PHP研究所/発行)2000年11月号掲載
江下雅之
インターネット時代のキーワードは〈薄口〉です。人の交流がいかに活発になろうと、個々人が持つ時間は一日あたり二四時間しかないからです。インターネットが浸透し、より多くの人と交流できるようになり、その対象は日本中、世界中におよびます。選択肢が多いのは「豊かさ」のあかしと考えられがちですが、消化する時間に限りがある以上、個々の交流のありかたは〈薄口〉にならざるをえません。
じつは細かく分析すると、インターネットが普及したから〈薄口〉になったのではなく、逆に多くの交流が〈薄口〉になったからこそ、それに適した交流手段であるインターネットが広がったといえるのです。他方、電子メールなどの利用例のなかには、たとえば顧客一人ひとりと〈濃厚〉に接触できるようになった、という指摘が少なくありませんが、これは視角の違いです。自動販売機的な応対に比べれば〈濃厚〉なだけであって、むかしの下町の商店街に見られた店と常連客の関係にくらべたら〈薄口〉といえるでしょう。
なにが〈薄口〉でなにが〈濃厚〉なのか。基本的な視点は、交流する相手を時間的にどれだけ拘束するか、相手との関係がどれだけ連帯的か、ということです。かつて「親友」といえば、長い人生を共有する運命共同体的な関係を示唆しましたが、現代の「メル友」、つまり電子メールや電子掲示板で交友する十代にとって、手軽にメールを交換する相手が「親友」なのです。「メル友」以前には、ポケットベルで交流する「ベル友」が伏線的に存在していましたが、いずれの「親友」も関係の継続期間は長くありません。こうした〈薄口〉の関係は、十年後にはより広範囲の世代・階層に広がっているはずです。
〈薄口〉と表現すると、「人間関係の疎外」を連想するかもしれませんが、〈薄口〉だから悪い、問題が多いというわけではありません。重要なことは、現代社会は〈薄口〉に向かって進んでおり、かつてあたりまえだった生活様式に対する閉塞感やひずみが、その推進力になっている点を認識することでしょう。
都市社会学の研究によると、大都市圏に住むサラリーマン夫婦の交友関係は、夫は会社を中心に、妻は地元を中心に形成されるといいます。その前提条件を突き詰めれば、終身雇用を基軸にした生活設計があります。夫が会社コミュニティに隷属し、妻が地域コミュニティで「隣人ネットワーク」や「ママさんネットワーク」を構築するのは、生活様式の必然的結果であるとともに、それが生活様式を維持する方便でもあったのです。
それに対し、〈薄口〉の関係は、会社コミュニティや地域コミュニティ以外の選択肢を提供します。たとえば大学や高校時代の友人はおろか、小学校時代、さらには幼稚園時代の同窓生とも交流を維持できます。趣味の交流にしても、自分の興味の度合いによって関係を構築できる機会が広がります。時間拘束を前提とした〈濃厚〉な関係では、じつは多くの関係の機会が犠牲にされていたのですが、〈薄口〉の関係では、ちいさな契機を活かすことができるのです。
むろん、隣人との〈濃厚〉な関係がなければ、子どもを預けたりとか、留守中の家の警備を頼むことなどできません。しかし、そうした事の多くは、現代社会ではサービス業者から「購入」できてしまいます。万事金まかせ、人間関係すらお手軽に、などという事態は、「旧世代」にとっては味気ないかもしれません。しかし、サービス市場や〈薄口〉の関係は、従来型コミュニティを破壊するのではなく、それが維持できなくなったからこそ、インターネットという手段を用いながら進展しているのです。それが若い世代にとっての適合の方便である以上、十年後には、状況は拡大こそすれ後退はしないでしょう。
ネットワーク社会の深層構造 —「薄口」の人間関係へ— |
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