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マルチメディア研究会研究発表「どうなるこれからの情報格差社会」
目白大学人文学部助教授
江下雅之
情報格差の議論では「多数の強者に対する少数の弱者」という構図が一般的である。情報「格差」問題とは情報「弱者」問題にほかならない。そのスタンスは、政府のe-Japan重点計画やIT基本法においても明確だ。情報格差の是正とは「地理的情報格差の是正」であり、「年齢・身体的な条件の克服」とされている。
しかし、この構図は格差の一側面にすぎない。たとえば所得格差における大きな争点の一つは、少数者による資源の寡占である。また、所得格差においても情報格差においても、実際には「強者—弱者」という単純な二分法が成立するわけではなく、一定の厚みのある中間層が存在するはずである。つまるところ、情報格差を論じるに際して、「強者—中間層—弱者」という構造のなかで、「中間層—弱者」に着目するのが情報「弱者」問題であり、「強者—中間層」に焦点をあてるときが情報「強者」問題といえるのではないか。
一般的には、情報格差問題の議論ではインフラ整備等に取り残された地域・人への対処が問われる点において、問題の主たる対象は情報「弱者」である。しかしながら、技術開発面あるいは情報流通面において少数の圧倒的な強者が存在する。そしてICTが社会に浸透した現在、強者という立場は自由競争下における個人や企業の努力の結果としてのみ受容できる問題ではなくなっている。
情報強者の存在は、ビジネス面においてすでに多くの問題を提起している。コンテンツビジネスにおいて供給者が講じているDRMは典型的な例といえよう。フランスでは消費者団体がDRM技術の公開を求め、アップル・コンピュータおよびソニーを提訴した。また、ソニーBMGが音楽CDのコピー防止のため「rootkit」を組み込んだ事は、ウイルス問題の視点から激しく非難された。そしてソフトウェア業界の強者である米国マイクロソフト社は、そのビジネスが独占的地位を利用したものとしてしばしば訴訟されている。これもまた少数の強者の存在と問題点の一端を示しているといえよう。
ICTが一般個人の日常生活面にまで浸透する過程において、技術のブラックボックス化が進展した。技術をコントロールしうるのは専門知識を有する者の特権となっている。その結果、末端消費者レベルにおいては技術を批判的に取捨選択することが困難なケースが生じ、何らかのリスクをはらんだ状態での利用を余儀なくされる場合がある。コンテンツビジネスにおけるDRM技術をめぐる問題はその一例だ。
情報インフラの整備、マイクロチップや携帯電話などの端末の普及により、情報の発信ノードが広範な範囲に浸透したと同時に、個々のノードがリンクされた。その結果、末端利用者は高度なサービスを享受できるのと同時に、ネットワークを管理する者が常時監視可能な状況に置かれた。利便性の享受と監視の受容とが両義的な側面であるとの指摘は、監視社会論の基本的な問題提起である。
ICTの社会レベルでの浸透において技術のブラックボックス化は不可避である。また、技術革新がめまぐるしいこの分野においては市場に参入するプレイヤーの競争もまた不可避である。しかし、その結果として技術的な独占や情報流通面での支配的な地位の獲得が進展している。ICTの遍在は同時に情報の偏在化をもたらしたのだ。
こうした状況において、米国では情報機関・捜査機関によって民間企業の情報システムを包含したデータマイニング・システムの構築が図られている。また、情報通信、流通、情報サービス等の事業においてもネットワーク利便性を背景とした優位性の固定化、一般個人のインターネット利用においても特定のカリスマ的存在による世論誘導などが顕在化している。
監視社会化とは、一方のグループが他方のグループを制御する状況の固定化にほかならない。そして近年の電子的監視においては、監視の両義性のもと、制御される側が制御を他者に委託する点にこそ推進要因が存在する。そうである以上、監視的状況への対処にあたっては、各個人が情報流通面で社会とのかかわりを深めることが不可欠である。これまでに情報「弱者」への対処としておこなわれてきた事例においては、社会的な問題を共有するだけでなく、その解決スキルを共有し、さらに実践自体をも共有することが進められている(本報告における川村晶子氏の報告を参照)。とりわけ中間層に位置する人たちが実践に関与することによって、地域レベルで互酬的なネットワーク型組織が形成される点は、利便性の享受と監視の受容という展開とは正反対の方向性を持っている。その意味において、情報「弱者」問題のみならず情報「強者」問題においても効果的な対処法として注目できるのではないか。