2022年度:問題分析ゼミ[1]

2022年度問題分析ゼミ第1回の議事録です。

日時:2022年4月12日(火)15:20-19:00
会場:リバティータワー1141教室
参加者:22名
江下、高橋、村川G(5名)、三浦G(5名)、米田G(5名)、山岡G(5名)
欠席者:0名
遅刻者:0名

1 グループ発表
(1) 山岡グループ
・発表者:山岡
・課題本:『ハリウッド映画史講義』(蓮實重彦著、ちくま学芸文庫、2017)
・発表範囲:第1章 翳りの歴史のために
[概要]
アメリカ映画には豪華なイメージがあるが、撮影所システムの崩壊など実際は多くの問題があった。WWⅡ前、映画産業は経営悪化し崩壊寸前であったが、民主党政権の経済政策により黄金時代へ突入した。1940前半~1945年、独占禁止法でハリウッドは危機的状況となったが、軍部に協力することで修繕を図った。WWⅡ後、伝統的ハリウッド映画により観客動員数が増加。アメリカ映画の変容から、影響力の強いメディアと社会の相互関係がわかる。
〈質疑応答〉
質問1: 伝統的ハリウッド映画とは何か。
回答: 30年代に政治的主張と結びつけた映画のことである。セリフのない映画は単純な構成となっている。
質問2: 映画のヨーロッパ化とあるが、内容もヨーロッパ化したのか。
回答: 監督が代わったことにより、内容も変わった。
質問3: なぜ黄金時代に突入し、それがどのように制限されたのか。
回答: 産業復興法が適用されて黄金時代へ突入したが、国民の批判により制限された。
質問4:演劇が人気だったために映画業界が崩壊したのか。
回答:演劇青年が台頭してハリウッドを築き上げた。
質問5:なぜ巨匠たちは独立したのか。
回答:自由を確保するためである。
質問6:演劇がそのまま映画化したものはあるのか。
回答:本に記載なし。

(2) 村川グループ
・発表者:鐘
・課題本:『フランス映画史の誘惑』(中条省平著、集英社、2003)
・発表範囲:第1章 映画の始まり--リュミエール兄弟とメリエス、第2章 映画産業の成立--フィルム・ダールと犯罪映画
[概要]
第1章
映画機械装置の発明風潮により、エジソンは覗き式のキネトスコープ、リュミエール兄弟はシネマトグラフを発明した。ドキュメンタリー映画の始祖であるルイ・リュミエールはカメラマンとして映画をつくり、その独特なカメラアングルから映画作家として認められた。メリエスは幻想映画とトリック撮影により映画芸術を極めた。
第2章
パテ社は蓄音機を活用し、フェルディナン・ゼッカと連携して莫大な量の映画を製作した。喜劇王マックス・ランデルはここで活躍し、スターの概念が誕生した。一方で、ゴーモン社はフランス最大の映画会社として存在し、アニメーション映画の先駆者エミール・ゴールや世界初の女性監督アリス・ギイが所属したことで知られる。
〈質疑応答〉
質問1: メリウスは芸術的価値よりもマジックや幻想を映画に落とし込んだのか。
回答: メリウスの興味が様々に移りやすかったためではないか。
質問2: リュミエール兄弟はなぜメリウスを拒否したのか。
回答: リュミエール兄弟はメリウスに「映画に未来はない」と言ったが、それは売らないための口実だった。
質問3: リュミエール兄弟のドキュメント映画はどのように今と違うのか。
回答: 当時のドキュメント映画は見ているものをそのまま写すものである。
質問4:蓄音機の活用とはどういうことか。
回答:1曲いくらかでお金をもらっていた。
質問5:犯罪映画はフランス映画にも影響を与えたのか。
回答: 犯罪探偵映画がアメリカのハリウッドの源流となった。
質問6:パテ社の良い映画とは何か。
回答:芸術的な映画のことである。

(3) 米田グループ
・発表者:劉、米田
・課題本:『興行師たちの映画史』(柳下毅一郎著、青土社、2018)
・発表範囲:第1章 映画という見世物の誕生、第2章 エキゾチズムと偽ドキュメンタリー
[概要]
第1章
リュミエールとメリエスの時代は、多くの金を得ようと観客の興味を重視した。利益を追求し、観客の好奇心を搾取する映画をエクスプロイテーション映画という。また当時、映画産業は確立されておらず、監督・興行師・俳優は三位一体であった。
第2章
観客は見たことがないものが見たいため、映画人はそれに応えてきた。世界各地の映像を流し、観客のエキゾチシズムを刺激した。フラハティーは数々のドキュメンタリー映画を製作した。当時ドキュメンタリーという概念はなかったため、作為があっても観客には気にされなかった。クーパーとショートザックはモンスター映画のジャンルを成立させる。ヤコペッティはモンド映画を製作し、蛮習だけでなく文明も嘲笑の対象にした。
〈質疑応答〉
質問1: エキゾチシズムとは何か。
回答: 観客の好奇心をかきたてるようなものである。
質問2: 興行師たちは終始低俗なものを作っていたのか。別の考え方はないのか。
回答: 本では人々が映画に対して何を求めているのかのみ追及されている。
質問3: 下位の文明を嘲笑していたとあったが、政府はどのような対応をしていたのか。
回答: 独占禁止法で訴えられ、メジャー会社が窮地に陥ったことによりエクスプロイテーション映画も消滅した。現実で起きた事件を編集したものは自主規制していった。
質問4: 蛮習だけでなく文明も嘲笑の対象にしたとあるが、文明とは何か。
回答: ヤコペッティは文明と蛮習を区別せずに、文明の悪い部分や退廃している姿を見せ嘲笑していた。
質問5:時代や場所はわかるか。
回答: リュミエールやメリウスの後の時代であり、場所は様々である。
質問6: 映画本来の姿と違うから孤立したとはどういう意味か。
回答:全て1人で行うのが映画人であったが、その後分業した。全て1人で行うのが本来の姿ということ。
質問7:低俗な作品はあらゆる層に受け入れられたのか。
回答:本に記載なし。

(4) 三浦グループ
・発表者:澤村、三浦
・課題本:『新版ハリウッド100年史講義』(北野圭介著、平凡社、2001)
・発表範囲:第1章 ハリウッド誕生、第2章 夢見るハリウッド
[概要]
第1章
ウィリアムフォックスが産業構造整備したことや、WWⅠが勃発しフランスやイタリアの映画先進地が衰退したことによりアメリカ映画は世界のトップになった。なかでも、ハリウッドの父と呼ばれるグリフィスは映画製作を分業化し、メッセージ性のある作品を生み出した。古典的ハリウッド映画は物語進行がわかりやすいように時系列が一直線であり、スターという非物語的な側面も持ち合わせていた。
第2章
1920~1930年は今のハリウッド産業の基礎固めの時代であった。サイレント映画は古典的ハリウッドの体裁を守りながらも、華やかな技巧自体を堪能させる表現方法を用いた。一方で、恐慌の中現実の危機を煽るようなトーキー映画は批判され、物語られる内容に人々の関心が向くようになりハリウッドはアメリカの公的文化となった。
〈質疑応答〉
質問1: 抱き合わせ映画とは何か。
回答: 大作とは別に、数合わせでつくる映画のことである。
質問2: ハリウッドはなぜ中流階級の脅威になったのか。
回答: 本に記載なし。
質問3: プロデューサーの変化とはどういうことか。
回答: 産業化が進み、効率化の必要があり「作る」から「プロデュース」に移行した。

2 反省
質問に答える際、グループで相談している声は周囲に聞かれても問題ない。また、質問に対する答えがわからない場合や本に記載されていない場合は、適当なことを言わずにその旨を答えるべきである。

作成:荒木
編集:三浦